「ヤング・アダルト・ニューヨーク(2014)」を観て己を客観視する

同世代(アラフォー)の友達が絶賛していたので、試しに観に行ってみた。
WHILE WE’RE YOUNG 「ヤング・アダルト・ニューヨーク」。

「ナイト・ミュージアム」シリーズが大好きなので、ベン・スティラーも好き。
ナオミ・ワッツはアラフォー女の悲哀を演じたら右に出る者はいない。
アダム・ドライヴァーは「フォースの覚醒」でまさかこいつがポスト・ベイダー卿?のカイロ・レン。

素敵な役者さんが揃っているじゃないか。

物語は、アラフォー世代の子ナシ夫婦(ドキュメンタリー映像作家)が、20代の夫婦(映像作家志望)のアナクロなライフスタイルに共感して一緒に創作活動を行うようになるが、実は若者たちは自分たちを利用しているだけだった、的な。どうってことないドラマ。
まあ、物語から何か教訓や学びを得ようと思えば出来ないこともない。「世代にとらわれず自分に誠実に生きろ」とかね。

しかし、この映画の最大の見所は、アラフォーがまだ若者のつもりで20代の頃と同じような振る舞いをすると、どんな風に見えるのだろうか?と言うサンプル映像にこそあると思う。例えば20代の子と同じようなハットを被ること。例えば20代の子と一緒にスピリチュアル系幻覚パーティーに参加すること。例えば20代の子と一緒にヒップホップダンスを習うこと。……痛々しすぎる&自分もこういう事してるかも、な……。
アラフォーだけど「まだ若い」と信じている人々は容赦なくシバかれるで。

この40代夫婦が惑いまくる理由は「子ナシ」という点にもある。若者と同化するには年取りすぎたけれど、子育てしている同世代の夫婦にも同調できない宙吊り感。
日本のドラマや映画って、赤ちゃんを「無垢」「良いもの」としてしか描かないけど、アメリカにおける子育てや乳幼児の描き方って容赦ないよね。この作品でもキッチュかつキモい騒音生物として赤ちゃんが描かれていて良い(日本で乳幼児や母親をステレオタイプにしか描かないことは、映像業界の男権主義を象徴していると思うよ)。

そして60代の有名映像作家のパパやトイレのドアを閉めずに放尿するADHD学者たちの存在感もアラフォーを圧迫するのだ。上の世代みたく重厚でわがままな老人にはなれそうもない。彼らのように安定した経済力もない。

全てが冴えないアラフォーが最終的に到達する境地とは一体?
まあ、こんなもんだよね。現実は(涙)。

「「ヤング・アダルト・ニューヨーク(2014)」を観て己を客観視する」への2件のフィードバック

  1. NYが舞台だったので私も先日観てきましたー!さして何も残らなかったですが、NYの景色が観られたのでokです!笑

    1. うっほほーい。コメントありがとう!「さして何も残らない」のは貴女がVeryヤングだからですよ……(遠い目)。映画を観る際、ロケ地目当てってあるよね。

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