「ある文民警察官の死」と「パトレイバー2」をあいがけでお願いします

NHKスペシャル「ある文民警察官の死〜カンボジアPKO23年目の告白」を観た。 カンボジアPKO といえば「パトレイバー2」。あのオープニング映像、めちゃくちゃカッコいいよね!
「発砲の許可を要請する」「交戦は許可できない。全力で回避せよ」「回避不可能」その直後に砲弾が飛んできてレイバー部隊は壊滅。奇跡的に生き残った柘植がレイバーから這い出すと目前にクメールの石像。柘植は啓示を受けたかの如く古代の王と見つめ合う…。

このシーンを実際に体験したくて、2年前にシェムリアップを旅したよ。
バイヨン遺跡です。

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今回Nスペでとりあげられたのは自衛隊ではなく、全国の警察官から募った「文民警察官」と称する玉虫色の「人的国際貢献者」たち。彼らは武器を携行せず「武力衝突がない地域でカンボジアの民主的総選挙をフォローするための民間人」という設定で派遣された。

文民警察官は、辞令で強要されることはなく「断ってもいい」という前提で募集が行われたらしい。その結果、正義感が強い真面目な青年や、協調性が高く和を乱さないタイプの警官たちが着任する事になったんじゃないだろうか、と番組を観ながら思った。元文民警察官の方たちの「断れると言われたが実際は断れない状況だった」とか「自分たちが最初にシッポを巻いて逃げるわけにはいかない」といった発言が印象的だったのだ。なんというか、エライ人達は本当にズルくて、こういうタイプの人物を抽出して危険な仕事を押し付けたのではないだろうか、と勘ぐってしまったよ。
文民警察官の規約には「危険な場合、職務を放棄してよい」という 文章がある。だから本当はシッポを巻いて逃げても良いのだ。たとえ欧米の「人的国際貢献者」たちがその場に残ったとしても。しかし、彼らはそういう態度は取らず、不条理な境遇に最後まで耐えて総選挙を実現した。

「紛争のない地域で人道支援」という建前になっていたものの、この番組で取材されたグループが派遣されたアンビルという地域の実態は戦場だったという。ポルポトが村を襲い、無差別に一般人を虐殺するような地獄絵図が日常的に起きており、日本人の「文民警察官」はポルポトに敵対する勢力とみなされ、実際に襲撃もされた。それなのに「文民警察官」は「非武装の民間支援者」という設定だから、彼らはなんとピストル1丁すら携行できない!はっきり言って観光客と同じような無防備さで、武装した残虐極まりないポルポトと対峙する羽目になったのだ。
「パトレイバー2」と違うのは、彼らが無抵抗のまま殺されることを受け容れることはできず、現地で密かにカラシニコフを入手していた点だろう。35ドルで銃を買い、その程度の装備でポルポトの組織化された部隊に勝てるわけはないけれど「無抵抗のまま殺されることだけは避けたかった」という言葉が重い。

また、彼らは勇敢にも独自ルートでポルポトの幹部と接触して友好関係を築き、自分たちはポルポトと敵対する勢力ではない旨を主張したりもしたらしい。だが、結局は車で移動中にポルポト(と思しき集団)に襲撃され、1人の文民警察官が殺される。

「武力衝突が起きた際には文民警察官は撤退する」という前提であったにもかかわらず、その後も撤退指令は出なかった。日本政府もUNTACも「停戦合意は崩れていないから文民警察官の撤退は必要ない」と言い張った。つまり襲撃したのは現地チンピラであってポルポトであるという証拠はない、という理屈だ。
なぜ彼らが「戦場」で丸腰のまま支援活動を続ける羽目になったのか。そこにとても日本人的な建前思考があるように感じた。日本政府は「日本は国際貢献した」という建前が欲しい。しかし軍隊を派兵するわけにはいかないから「丸腰の民間人」と「武器を使わない自衛隊」を派遣する。実際にはカンボジアは戦場で、丸腰の民間人が活動できるような状況ではないにもかかわらず「何も問題ない」ことにする。そうすれば政治的には全てが丸く収まるから。そして現地に派遣された文民警察官たち(と自衛隊)がすべてのしわ寄せを引き受けて、理不尽な被害に遭う。しかも彼らは、この番組の取材を受けるまで、現地で経験した事実を口外することすら出来なかったという。

なんというか、コミュニケーションや政治的やりとりや無言の同調圧力が太平洋戦争の頃と変わっていないような気がして、背筋が寒くなったよ……。

番組のラストで、アンビルに派遣された文民警察官の隊長であった川野辺氏が23年ぶりにカンボジアを訪問し「友好関係を築いた」ポルポトの幹部と再会するシーンがある。元ポルポトの幹部であったのに、現在は政府の辺境警備隊の責任者に就任しているというその人物の立ち回りの巧みさに驚かされ、二人の永遠に噛み合うことはないであろう会話に空虚さを感じた。

それにしても「パトレイバー2」の偉大さよ。「ある文民警察官の死」を観た後に「パトレイバー2」も観るべし。建前にすがりつき保身をはかる人々、戦争などないことにして「血まみれの繁栄を享受する」人々、がすごいリアリティをもって迫ってくる。と同時に、そんな政治的主張など全く感じさせないクールな演出で二項対立を超えたところに観客は連れて行かれてしまうよ。

ところで「文民警察官の派遣」が1992年〜、「パトレイバー2」の公開が1993年。これってすごくない?

予告編は本編の超洗練された内容を全然アピールできていないので、ぜひ本編をご覧あれ。

「「ある文民警察官の死」と「パトレイバー2」をあいがけでお願いします」への1件のフィードバック

  1. あのポルポト派の幹部、正直どこまで部下をコントロールできてたんだろう。
    辺境警備の公職貰えたから現地じゃそれなりに名のある人間なんだろうけど、アンビル班の班長が仲良く酒を酌み交わしても上手くいかなかったって事は、そいつの差し金なのかそいつの上司が命令したからなのか、そいつの部下が勝手にやった事なのか。真相は闇の中か。

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